「大田区を宇宙スタートアップの聖地に」との方針のもと、区内に立地する宇宙スタートアップと、区内ものづくり企業とのビジネスマッチングを本格的に推進している大田区。大きな成果をあげている事例も少しずつ登場している中、本記事では、いち早く宇宙スタートアップとの共創に取り組んできた老舗精密金属部品メーカー・株式会社桂川精螺製作所のケースを取り上げます。
同社が宇宙産業に注目し、スタートアップとの協業を始めたのはどんな背景があったか、取締役執行役員の大嶌 達士郎氏に伺いました。
ドラマロケ地選定が導いた縁。リスク分散のため新分野・宇宙産業に挑む
桂川精螺製作所の創業は1938年。主力製品はねじやボルトなどの金属のオーダー部品で、常時約1000種類、それぞれ約数千個〜百万個超を製造しています。創業以来、主な製品供給分野は建築、家電、自動車へと推移し、1990年代以降は自動車、バイク等の業界比率が拡大。2015年頃にはおよそ9割となりました。
「その一方でリーマンショックや東日本大震災、為替変動などを経たことから、単一の業界依存のリスクを認識しました。そこで2018年に、本社がある大田区矢口に研究棟を新設し、量産は地方工場、研究開発・試作は本社へと体制を転換。多角化を進める体制を確立したのです。」(大嶌氏 以下コメント同じ)
同社と宇宙産業の縁が生じたのは、研究棟新設前の旧社屋が、2015年に放映された大ヒットドラマ「下町ロケット」のロケ地となったことがきっかけでした。ストーリーは、町工場の社長が社員と共に夢とプライドをかけて大型ロケットエンジン部品の開発に挑むというもので、そのためドラマ放映開始後、桂川精螺製作所には「宇宙関連部品も手掛けているのですか?」という問い合わせが多く寄せられたそうです。

「ただ、当時は純粋にロケ地となっただけで、弊社として宇宙産業に特に関与はしていませんでした。実際に協業したのは、2022年に取引先の金融機関に紹介された、株式会社ダイモンが最初でした。ダイモンは月面探査機『YAOKI』を開発した宇宙スタートアップです。弊社は、YAOKIに使用する2㎜の特殊ねじを製造。さらに、地球の約6分の1となる月面の重力を再現する機器も開発して実証実験に貢献し、高く評価されました。当時は国が宇宙産業の強化を打ち出して、市場規模の拡大が期待されるようになり始めた時期。ダイモンとの協業を経て、宇宙産業を弊社の主力事業の一つに育てていこうという思いを強くしました」

月面探査機から宇宙服まで。自社併設工場アパートで加速する“超精密共創”
そして桂川精螺製作所の次なる協業先となったのは、株式会社cosmobloomでした。スタートアップ企業等とのビジネスマッチングの場として開催される「Meet New Solution OTA 2024」での出会いをきっかけに協業が決まりました。
「取り組んだのはcosmobloomさんの主力製品の一つである、宇宙ごみ対策用の『デオービット装置』の開発でした。この装置は小型衛星などに取り付け、衛星の運用終了後、装置内部の膜を広げて大気圏へ再突入、燃焼処分させるものです。82×82×30mmの手のひらサイズの装置の中に、最大約3.64㎡に広がる約5μm(≒0.005mm)の超薄膜が内蔵される設計でした。設計、シミュレーションはcosmobloomさんが担う一方、弊社は試作を主導し、手作業で超薄膜の折り畳みも担当しました。設計上は問題なくても、実際のカタチになると様々な不具合が露見するもの。cosmobloomさんと擦り合わせをしながら、その解消に臨みました。装置は2026年5月に納品し、同年秋に打ち上げられ、宇宙空間で実証実験を行う計画になっています」
その後cosmobloomは、桂川精螺製作所が2018年に研究棟を新設した際に併設した「工場アパート」に入居。デオービット装置の開発は主にそちらの協業スペースで行われました。
「工場アパートは、約50〜70㎡を5室、約330㎡の大部屋1室の全6室。本社・研究棟の多様な加工機械を入居企業のニーズに応じて活用しています」


また、工場アパートには、桂川精螺製作所の3例目の宇宙スタートアップとの協業となった、株式会社SUIHO SPACE INNOVATIONSも入居しています。
「SUIHO SPACE INNOVATIONSさんはcosmobloomさんの紹介です。SUIHO SPACE INNOVATIONSさんが小型ロケットエンジンの開発を行う企業であることから、弊社が得意とする精密金属部品加工の技術が発揮できる事例となりました。cosmobloomさんも同様なのですが、同じ施設内にいるので、ちょっとした部品加工や打ち合わせなどがすぐにできるのはお互い助かります」
さらに桂川精螺製作所は、前述のダイモンから紹介されたAmateras Space株式会社とも協業しています。同社は宇宙服の研究開発を行っており、連携機関としてJAXA宇宙戦略基金 第2期「有人宇宙輸送システムにおける安全確保の基盤技術」にも参画。桂川精螺製作所はAmateras Spaceに金属パーツ製を供給するほか、生命維持装置の開発にも共同で取り組んでいく予定です。
「まずやってみる」が未来を拓く。大田区は“宇宙産業ワンストップ支援地域”へ
2022年から本格的に宇宙スタートアップとの共創を始めた桂川精螺製作所。ここまでの手応えを伺いました。
「宇宙産業は未経験だったがゆえに、ある意味気軽に臨めることが挑戦を後押ししたように思います。まあ、最初は正直、『ちょっと面倒くさいな』みたいな雰囲気を現場から感じたこともありましたが(笑)、スタートアップの皆さまが熱意をもって接してくると『よし、やってやろうじゃないか』と職人の魂に火がつくようで、最終的には年代や分野など関係なくチームとなって、仕事にのめり込んでいましたね」
宇宙スタートアップとの協業が知られるようになったことで、桂川精螺製作所には、宇宙産業関連の展示会への出展要請や外部からの問い合わせも徐々に増えているそうです。大嶌氏は、区内の既存の製造業者に向けて、こんなアドバイスを送ってくれました。
「現時点では、ねじのような大量生産には至っていませんが、一つ一つのプロダクトの付加価値は非常に大きいです。ロットが小さいからと言って、一概に良し悪しを判断する必要はないでしょう。宇宙産業は、我々メーカーが培ってきた加工技術で対応可能な領域が広いと思います。もちろん、素材や環境適合への配慮は必要ですが、『まずはやってみる』ことが重要で、むしろ参入しないリスクの方が大きいのではないでしょうか。昨今、展示会や蒲田工業協会での情報共有も進み、区内の製造業者が宇宙産業に参入する土壌は整備されつつあると感じています。ものづくり企業の集積によってできることの範囲は確実に広がりますし、何より、多様な分野の製造業者が揃っていることが大田区ならではの強みです。これから“宇宙産業をワンストップで支援できる地域”を目指せると思います」
最後に桂川精螺製作所としては、今後どのように宇宙産業に向き合うのか、展望を伺いました。
「NASAが主導する国際的な有人月探査プロジェクト『アルテミス計画』の進展や、日本政府による宇宙戦略基金の設置など政策の追い風を捉え、今以上に宇宙産業に関与していくことを目指します。これまでは、スタートアップ側の意向に沿い、それをカタチにすることに注力していましたが、これからは自社主導の開発テーマを段階的に立ち上げていきたい。そのための人員、予算も確保して、宇宙関連事業の価値を向上させていきたいと考えています」

Company Profile企業概要
- 会社名
- 株式会社桂川精螺製作所
- 住所
- 東京都大田区矢口3丁目24-1
- 代表者
- 代表取締役 石井 昌景
- 設立
- 1938年(昭和13年)9月1日
- 事業内容
- 自動車部品、冷間圧造品、工作機械周辺装置、小ねじ、座金組込みねじ、ボルト等の規格品製造、販売